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フェニックスの名前の由来は?
アリゾナのゴルフ場の古株は?
スカイハーバー国際空港の始まりは?
なぜカクタスを「サボテン」と呼ぶの?
「カクタス」の語源は?
アリゾナにもマイアミが!
モンテズマとは?
 
APS(アリゾナ・パブリック・サービス)の創始者は日本人
アリゾナの綿花
フェニックスのエアコン
テンピの名前の由来は?
メキシコだったツーソンがアメリカになった経緯
アリゾナで火山活動
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェニックスの名前の由来は?

フェニックスとは、「不死鳥」の意。古代エジプト神話の霊鳥。たった1羽しか存在しない美しい撮りで、500年から600年生きる。死ぬ時は、自ら香木の枝を積み重ねて太陽で点火し、その炎に身を投じて焼け死ぬが、その灰の中から再び蘇って、更に生き続けると伝えられている。
1867年にジャック・スィリングなど白人数人が、現在のフェニックスに始めて足を踏み込んだ。その時に彼らが見たものは、荒涼とした砂漠と、そこですでに姿を消してしまっていた古代インディアン(ホホカム族と呼ばれている)が造った人工水路だった。何百年もの間、放置されていたこの水路を白人達は再利用し、新しい水路も加えて農業を始めた。これが、この町の始まりだった。
灰のような砂漠から蘇った町なので、フェニックスと命名された。
アリゾナ州議会は、1889年にアリゾナの州都をフェニックスに定め、それ以来フェニックスはアリゾナの政治、経済の中心地として発展してきた。ちなみに、世歴1900年のフェニックスの人口は、5544人という記録が残っている。

アリゾナのゴルフ場の古株は?

アリゾナで最も歴史の古いゴルフ場は、チャンドラーにあるサン・マルコスだ。1915年にA.J.チャンドラー博士がここにサン・マルコス.ホテルを建てて、ゴルフ場を付けてリゾート・ホテルとした。彼が現在のチャンドラー市の創始者だ。その後、サン・マルコスは、アリゾナの一等リゾートとして、冬の訪問者を魅了してきた。
次に代表的な古株は、フェニックス・カントリー・クラブだ。20世紀初頭からフェニックスの上流階級の社交場として、アリゾナ・クラブとともに頻繁に使われいた。最初は、ダウンタウンに丸木小屋の建物で出発した。現在の場所(Thomas Road & 7th Street)に移ったのは1923年だった。その時に、広々として快適なクラブハウスとゴルフコースが出来上がった。
ゴルフ・トーナメントの「フェニックス・オープン」は、1923年から1986年まで、ここフェニックス・カントリー・クラブで行われていた。フェニックス・オープンの創始者は、ボブ・ゴールウォーター(ベリー・ゴールドウォーターとは兄弟でアリゾナ発展に尽くしたパイオニア)だ。
この他に、歴史のあるゴルフ場は、アリゾナ・ビルトモアだ。リゾート・ホテルとして1929年に誕生した。ちなみにこのホテルの設計は、かの有名なフランク・ロイド・ライトだった。当時は、「砂漠の中の宝石」などともてはやされた。しかし、大恐慌が世界を襲った時に、売りに出された。

スカイハーバー国際空港の始まりは?

スカイハーバー空港は、もともとシーニック航空という会社がフェニックスの発着場として建設した小さなローカル飛行場だった。建設は1928年で、そこにあった綿農場をつぶして滑走路とした。ところが、1929年に襲った大恐慌で航空会社は経営危機に陥ってしまう。そして、オーナーが転々と代わり、1935年にフェニックス市が買収した。
以来、飛行産業の進展とともに、スカイハーバーも大きくなっていく。面白いのは、滑走路の横に小さなチャペルがあったことだ。飛行場とチャペルの関係はいったい何だったのだろうか。
実は、これはフェニックス市当局の苦肉の策だったようだ。市としては、空港をもって利用してもらいたかった。そこで妙案が浮かんだ。
当時、カリフォルニアの州法では、結婚式をしても3日待たないと結婚が合法化しないとう規制があった。こうした規制がないアリゾナで結婚式を、と、カリフォルニアの州民に呼びかけたのだ。チャペルはそのために必要だった。
はたして何組のカップルがカリフォルニアからフェニックスの空港まで飛行機で飛んで来てこのチャペルで結婚したかは、定かではない。

なぜカクタスを「サボテン」と呼ぶの?

アリゾナでは数多くの種類のサボテンが生息している。ところで、この「サボテン」は、英語で「カクタス」という。では、なぜ「サボテン」と私たちは呼ぶのだろうか。
日本にサボテンが入ってきたのは、17世紀末。その頃の中国の文献には、サボテンのことを「仙人掌」と称している。
当時、日本にはサボテンと一緒にアロエが輸入されてきらた。アロエが畳などの汚れを落とす石けんの役割を果たしたので、重用された。そのシャボン(石けん)の発音から、サボテンをシャボテンと呼んだようだ。そのシャボテンから現在の「サボテン」となった。

「カクタス」の語源は?

英語のカクタス(cactus)は、もともとギリシャ語のカクトス(kaktos)を語源としている。カクトスは、シシリア島に生息するキク科のトゲの多い植物に付けられた名前だ。このギリシャ語がラテン語でcactusとなり英語となった。今私たちが見るカクタスは、要するにトゲがある直物ということから、長い歴史の中でカクタスという分類の中に入ったということだ。

アリゾナにもマイアミが!

フロリダ州のマイアミは観光地として誰でも知る所だが、アリゾナにもマイアミがあることをご存知だろうか。USハイウェイー60号線を東に進んでいくとグローブ(Globe)という町があるが、その隣にある小さな町だ。ここは、グローブと共に銅山として栄えた町だ。この銅山採掘の会社の名前が、マイアミ・マイリング(Miami Milling)社だった。そしてその会社の株主であったジェームズ・ジェラルドがこの町を「マイアミ」と命名した。
実は、マイアミの地名語源には、別の説もある。これは、1929年8月30日付けの「アリゾナ・リパブリック」紙にその話が記事として掲載されている。
その記事によると、、、
この地の鉱山を発見したと自称するブラックジャック・ニューマンという男がいた。この男には、マイマ・チューンという名の娘がいた。彼女の名前のスペルは、Mima Tune。彼は、この鉱山の利権を売って、娘の名前を町に付けてくれるよう要請した。その時彼が紙に書いた娘の名前に問題があった。彼は読み書きがよくできなかったので、MimaをMiamiと綴ってしまったのだ。このことから、この町の名前がMiami、マイアミとなった。
という話だ。

この記事の信憑性は、皆さんの判断にまかせよう。
アリゾナには、この他に世界の大都市と同じ名前の場所がいくつかある。たとえば、フローレンス、ラ・パズ、バグダッドなど。

モンテズマとは?

モンテズマ・キャッスル(Montezuma Castle)という名の先住民の遺跡がある。現在国定公園の指定を受けて、保存されている。
さて、このモンテズマとは一体何なのだろうか。「モンテズマの城」という名前からすると、昔ここに王様でも住んでいたかのようなイメージを浮かべる。しかし、ここは、お城ではなかった。シナワ族と考古学的に呼ばれる古代人が生活を営んでいた住居の跡なのだ。では、なぜ、「城」という表現になってしまったのか。
それには、モンテズマの意味がわからなければならない。
モンテズマは、古代メキシコのアステカ族の皇帝の名だ。アステカ族は極めて高度な文明を築き上げたが、スペイン人の侵略によって、16世紀に滅びる。その時にモンテズマがアステカの皇帝であった。彼は、歴史上最後のアステカ皇帝となってしまった。
さて、シナワ族が遺したこの遺跡をモンテズマと名付けたのは、誰なのか不明だが、初期のスペイン人がこの地を訪れた時に、彼らの誰かがここに「モンテズマ」の名前を付けたようだ。
ちなみに、アリゾナには、「モンテズマ」を使った山などの名前が多く見られる。「モンテズマ・ヘッド」、「モンテズマ・ピーク」、「モンテズマ・スリーピング」、「モンテズマ・ストア」、「モンテズマ・ケープ」、「モンテズマ・チュア」、「モンテズマ・ウェル」などが挙げられる。

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