ウエスト・バリーのアトラクション、ワイルド・ライフ・ワールド動物園

動物好きの一人の男性が個人で始めた鳥や小動物の飼育園が、一大アトラクションの地に発展。これが、ワイルドライフ・ワールド動物園 (Wildlife World Zoo) だ。50エーカーの広大な敷地に400種、2600の鳥類やほ乳類を集めた。彼が目指したものは、人間が日頃見ることができない動物と身近に接する機会を作ることだった。フェニックス市が営業するフェニックス動物園とはコンセプトが異なっているこのユニークな動物園。今月はフェニックスの西の町、リッチフィールド・パークを訪れ、広大な園内を歩いてみよう。

動物園の創立者、ミッキー・オルソン

 一人で始めた鳥の飼育が動物園となるまでには、よほど自分の夢に固執しなければ、可能とならないであろう。ミッキー・オルソン(Mickey Ollson)はその道を歩んだ。現在は動物園のデイレクターとして、経営に携わっている。
 1960年代、まだ若き青年の彼は、5エーカーの土地を確保して、熱帯産の鳥を飼育を始めた。場所は、83アベニューとノーザン。当時はかなり人里離れた西のはずれだった。1970年代になると、彼は、少しづつ飼育していた鳥を動物と交換し始めた。その結果、ラマ、鹿、ワラビーがやってきた。まもなく、ラクダとシマウマが手に入ると、彼は50エーカーの広大な敷地を購入することに決めた。これが、現在の動物園の敷地となる。
 彼は、こうした動物の飼育に関する専門知識を学びながら、ついに1984年、ワイルドライフ・ワールド動物園をオープンするまでに漕ぎ着けた。
 各国には、動物園水族館協会という組織がある。アメリカにある組織も、全米の動物園や水族館のあるべき基準を定め、園内の動物が適切な飼育を受けていることを確認している。この協会から資格認定がおりると、その動物園の運営が基準以上であることを証明することになる。
 ミッキー・オルソンの動物園も1988年に協会から資格認定がおりている。動物園が位置する通称ウエスト・バリーと呼ばれている地域は、近年の目覚ましい人口増加でその様相が激変してきた。もともとルーク空軍基地とその周辺の農地が全体を占めていたのだが、近年、農地が宅地に取って代わり始めた。その影響はこの動物園にも繁栄し、園内の充実に大きく寄与してきたようだ。
 動物園の未来も明るい。現在、動物園の隣にビルの建設工事が行われている。ここには、大水族館が開園する予定となっている。海のないアリゾナでサメの姿を見るチャンスがやってくる。

   
ブッシュミートの運命を逃れたサル

 アフリカに生息するサルが生存の危機にさらされている。これは、野生のサルを捕獲して、食用またはペット用に売却する商取引が増えて来たためだ。人間によって狩猟された熱帯密林に生息する野生動物の肉をブッシュミートと呼ぶ。昔からアフリカなどに住む現地住民は、密林に入って動物を捕獲し、その肉を食べて生活してきた。ところが、近年では、人口増加により、狩猟の数が激増し、多くの動物が地球上から絶滅の危機にさらされ始めた。貴重な野生動物の角や毛皮は、よい値段で売られるし、動物が生きたままペットとして高値で取引されている。肉もデリカシーとして好んで食べる人いて、これもいい商売となっている。要するに、昔のように人間の生存のために狩猟をしていたような数をはるかに越えた動物の命が、どんどん亡くなっているというのが現実だ。
 ワイルドライフ・ワールド動物園には、このブッシュミートの運命を逃れてやってきたサルがいる。このサルは、2006年にアフリカのコンゴの闇市で売られていたのを、アメリカの6つの動物園が協力して救済し、アメリカに輸入してきたものだ。救出したサルは30匹以上。その内4匹がワイルドライフ・ワールド動物園に暮らしている。