予算削減で一時閉鎖となった州立公園、トント・ナチュラル・ブリッジ

官庁から民間に至るまで、どこもかしこも予算削減を強いられている昨今、アリゾナ州政府も例外なく、様々な部門の削減に踏み切った。そのひとつが州立公園の一時閉鎖だ。

この閉鎖を余儀なくされた州立公園、トント・ナチュラル・ブリッジを閉鎖直前に訪れ、歩いていみた。

   
トント・ナチュラル・ブリッジ

この公園は、ペイソンの北の山の中にある自然が作った橋とその周辺の森林地帯古代に橋を作り上げたバーデ川とかつての入植者が残したロッジを含み、ハイキングのトレイルが設置されている。正式に州立公園となったは、1991年。

 
ブリッジの発見

このブリッジを白人が発見したのは、19世紀後半だった。もちろん、この周辺に古代からアメリカ・インディアンが住み、豊富な水と豊かな土壌を活用して生活を営んでいたのは当然である。1877年に金鉱を求めてこの地にやってきた白人がいた。その名は、デービッド・ゴーワン。ゴーワンの目はこの自然の橋に魅せられ、その周辺を探索した後、ここを生活の場とすることに決めた。ところが、思わぬ障害が待っていた。ここはアパッチ族が農業で使っていた土地であった。その後、長期にわたってゴーワンとアパッチとの確執が続いたようだ。ゴーワンは、160エーカーの土地に果樹園を作り、クルミ、杏、桃、リンゴ、梨などを栽培した。
ゴーワンの話は新聞に取りあげられ、ニュースとなって海外に飛んで、スコットランドにまで届いた。そのスコットランドでこの記事をたまたま読んだデービッド・グッドフェローという男が、デービッド・ゴーワンは自分の叔父ではないかと思
う。実は、ゴーワンはスコットランドに住んでいたイギリス人で、かなり前にスコットランドを去り、アメリカに渡っていたのだ。グッドフェローは、早速手紙をゴーワンに送ってみた。と言っても住所がわかっていた訳ではないので、「デービッ
ド・ゴーワン、アメリカのアリゾナ・テリトリー、フラッグスタッフの近く」と封筒に書いて、スコットランドから発送したのだ。こんな住所だったら、今では郵便局は相手にしてくれないのだろうが、19世紀の話だ。アメリカの郵便局は、しっか
りこの手紙をペイソンのゴーワンに配達したのだった。
手紙を受け取ったゴーワンは、この地こそ無限のチャンスが潜んでいる場所であることを訴え、グッドフェローにアメリカに来ないかと誘いの手紙を送り返した。そして、1893年にグッドフェローは、妻と3人の子供達を連れて、スコッ
トランドからこのアリゾナの秘境の地にやってきたのだ。この道程は短くはなかった。スコットランドで事業を営んでいたグッドフェローは、その事業を売り払い、船でニューヨークに着く。ニューヨークからは汽車でフラッグスタッフまで来た。ゴーワンがフラッグスタッフで一家を迎え、そこからは数頭の馬に馬車を引かせて、家財道具と一家全員を乗せて、ペイソンに向かった。フラッグスタッフからこのブリッジまで6日間の旅だった。
この地に着いたグッドフェローは、早速、道路を作り、農場を整備し、一家がゆったりと住める家屋を築いた。現在残っているロッジとその周りの小屋は、彼が作ったものだ。グッドフェローは、このブリッジを1948年まで所有し、その後オーナ
ーが転々と変わって、最終的にアリゾナ州が買い取ることになった。

 
州立公園の運営を脅かす経済危機

16億ドルもの赤字を抱えたアリゾナ州政府は、本年2月に3つの州立公園を一時的に閉鎖することを発表した。閉鎖を余儀なくされる公園は、ペイソン(Payyson)の北にあるトント・ナチュラル・ブリッジ州立公園、ジェロームの州立歴史公園、フローレンスのマクファーランド州立公園の3つだ。この3カ所の公園は、設備などの修理に時間のカネがかかることから、州の予算削減を機に閉鎖の対象となった。最近の経済危機による影響がさらに悪化すれば、閉鎖をされる公園はまだ増える可能性もある。