コロラド川の危機(3)

ワイオミング
コロラド川の水はロッキー山脈の降雪が源。

 

ヒラ・リバー
デンバー
 
   
コロラド川とジョン・パウエル

 

コロラド川を語るのに、ジョン・パウエルの功績を無視することは出来ない。正確にはジョン・ウェズリー・パウエル(John Wesley Powell)が彼の名。南北戦争で右腕を失ったパウエルは、勤勉で博学だった。経済的な事情で正式な教育を受けることができなかったが、独学で地質学と自然史を学んだ。そんな彼は、南北戦争が終ると、イリノイ州の大学で教鞭に立ち地質学を教えるようになる。また、イリノイ自然歴史博物館の創立に努力し、そこでキュレーターまでするようになっていた。
常にアメリカ西部の探検に興味を持っていたパウエルは、ついにイリノイを去ってロッキー山脈を探検することにした。1867年、彼は、ワイオミング州のグリーン川とコロラド川の周辺を歩き回り、1869年には、グリーン川からコロラド川に入ってコロラド川を下り始めた。この探検には、9人の探検隊員と4隻のボートでスタートを切った。しかし、急流の激しさはその想像を絶し、探検の旅から脱落する隊員も何人かいた。
精神的にも肉体的にも限界を越えるほどの状況で、パウエルの一隊は、ワイオンミング、コロラド、アリゾナと3州を下り、10カ月の厳しい長旅を終えた。この探検の果たした成果は、甚大であった。これで始めてグランド・キャニオンのことが明らかになり始めたからだ。
たぶん、かつて多くの先住民がこの川を下り、グランド・キャニオンの壮大な自然に畏敬の念を感じてきたに違いない。パウエルは、歴史上最初の白人として、この地に踏み入れたのだ。
その後、彼は1871年と72年に再度この地を訪れ、ここを「グランド・キャニオン」と名付けた。アリゾナとユタの州境にできた人造湖は、パウエルの死後60年以上後に完成したが、パウエルの偉業を称えて、「レイク・パウエル」と名付けられた。

   
2000年に始まった干ばつ

 

世紀がいよいよ変わろうかとする西暦2000年。著しい気象変化がアメリカ南西部を襲い始めた。
それは、干ばつだ。もともと降雨量が少ない乾燥地域に雨が降らない日が続く。ロッキー山脈の降雪量も減少している。それがすでに14年も続いてきた。この記録破りの干ばつは、森林の木の年輪にも明確に現れるようになっている。

   

 

急減するダムの貯水量

コロラド川の水をとめてできた人造湖、レーク・パウエルとレーク・ミード。この巨大な人造湖の水位が下がり始めた。レーク・ミードは、ネバダ州、アリゾナ州、カリフォルニア州そしてその先のメキシコに一定の水を供給してきたが、過去14年、極めて困難な課題をかかえてきた。現在の法律によって、レーク・ミードは、コロラド川の下流に水を流し出す量が決められていた。ところが、レーク・ミードに流れ込む水が目に見えて少なくなってきた。この状態が続けば、遅かれ早かれ、どこかの場所への水供給がカットされることになる。

 

 

 

 

古代先住民の洞窟住居跡
アリゾナの古代先住民

古代先住民の壁画跡

アリゾナ州には、スペイン人やイギリス人が入ってくるはるか以前から人々が生活していた。今、見つかっている数多くの古代遺跡には、当時の人々の生活を物語るものが多く遺されている。たとえば、現在のフェニックス周辺で農業を営んでいたホホカム族と呼ばれる人たち。用水路を建設してソルトリバーの水を利用していた。ところが、長く定住していた彼らが、突然その村落を捨てて消え失せてしまった。考古学者の調べでは、1450年ころだという。
アナサジ族と呼ばれる人たちは、アリゾナの北部に住み着いた。洞窟にほら穴を掘って住居としていた彼らが、後には土塀レンガの建物を作る様になった。約2000年もの間、この一帯で生活を続けてきた彼らも、突然その集落を捨てて姿を消している。考古学者達は、約1300年頃のことだろうと推定している。
シナワ族は、現在のバーデ・リバーの辺りに住み着き、農業を営んだ。今でも彼らが遺した壁画があり、カレンダーを作って農作物を育てる時期を理解していたようだ。そんな彼らも1350年ころに、この地を去ってしまった。

 

 
大干ばつが原因か

こうした古代先住民が突然住居を捨てて姿を消すには、何か大きな理由があるはずである。考古学者の間でもいくつかの説があり、まだ決定的な結論が出ていないようだ。
しかし、その説の一つで有力なものが、大干ばつ説である。
これは、樹木の年輪を調べて、その当時アリゾナ一帯に長期にわたる干ばつが続いていたことがわかっているからだ。月刊誌「ナショナルジオグラフィック」では、このことを2008年3月号で取りあげている。それによると、カリフォルニア州のシエラ・ネバダ山脈の樹木から、大干ばつが西暦900年以前から始まり200年ほど続いたこと。そして、その後再び干ばつが始まり、150年ほどたって1350年まで続いたという。この干ばつの原因は判明していないものの、太平洋の海水温度が1度下がることで起こるラ・ニーニャ現象によって気象変動が起こって干ばつとなったとの可能性がある。このラ・ニーニャ現象が続くと干ばつの長期化となる、としている。
もし、この長期大干ばつが原因で古代人がアリゾナから姿を消したとなると、同じようなことが、現代人の私たちにも襲いかかる可能性は強い。しかも、昨今の気象変動は、地球温暖化というややこしい文明病をも因としている。

   
雨乞い?

干ばつが続くなら、雨が降るのを待てば良い、という暢気な意見もある。これは、一時的な現象でいずれ再び降雨量が増えて、解決の方向に向かうということだ。
ところが、問題はそんな単純なものではない。コロラド川を「最も絶滅危機の川」と呼んだ団体、アメリカン・リバーの会長、ボブ・アービン氏は、報道関係者とのインタビューで、「問題は干ばつではないんです。大型の嵐が雨をもたらしたり、巨大な冬将軍が雪をもたらしたりしたとしても、この問題を解決することはないんです。要するに、私たちは根本的な改革をして、コロラド川一帯の水管理の方途を変革しなければならないのです。これは、目覚まし時計が鳴らす大きな警鐘音なんです。」と叫んだ。

   
水管理の革命を

無限の水。この神話が崩れ去った。私たちは無限の資源などこの世にないことに気がつき始めた。全ての資源は有限であり、賢く使わないと、結局私たちが困ることになるのだ。石炭もしかり、石油もしかり、そして今度は水である。
下水など使用水の再利用、一般市民への節水教育、節水に貢献する技術開発、農工業用水の効率的な活用技術など、私たち人間の知恵を最大限に生かして、新たな方途を見つけない限り、私たちも古代人と同様の運命をたどらなければならなくなる。しかも私たちには、ここ地球を去ることはできないという現実がある。

   
フェニックス市が行う下水処理と水の再利用

アリゾナの州都、フェニックス市では、ユニークなシステムを作り上げている。トレス・リオスと呼ばれるこのプロジェクトは、ソルト・リバー、アグワ・フリア、ヒラ・リバーの三つの川を使った多目的水利用管理システムである。トレス・リオスとはスペイン語で3つの川という意味。
まず、市は、フェニックスの西側、ソルト・リバーの川の北側に大きな堤防を建設した。これによって、将来起こるかもしれない川の洪水からその北側に発展している一大住宅街を守る役目を果たすようにした。
次にその堤防の南側、つまりソルト・リバーに沿って、湿原地帯を作り上げ、480エーカーもの広大な区域に水を貯めるようにした。この水は将来、緊急に水の供給を必要とする場合に使うことができるようにしている。しかも湿地帯を作ることで、そこに水草、魚、水鳥などが集まる。そして、その周辺を公園にして、市民がピクニックなどを楽しめるようにしている。
さて、その湿地帯へ流れ込む肝心の水だが、どこから来るのだろうか。フェニックス市では、その湿地帯の東側に巨大工場を作った。この工場は、フェニックスの広大な区域から下水を集めて処理する下水処理工場なのだ。この工場に絶え間なく流れ込む下水を化学処理し、その後、水を池に移す。プランクトンなどが豊富に生息している池に入った処理水は、その中で時間をかけて自然水になり、湿地帯へと流れていく。
湿地帯を通過した水は、ヒラ・リバーに流れ込み、ヒラ・リバーは最終的にユマ市の近くでコロラド川に流入している。
これは興味深い一例だが、根本的な水の供給確保には、更に知恵を巡らせて、新たな道を探り求めることが急務だ。そして、私たち一般市民も、水の無駄使いを止める努力が必要となる。

 
化学処理後の水がこの池に。

 

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