コロラド川の危機(2)

河川保護団体であるアメリカン・リバーズが、「国内で最も絶滅の危機にさらされている川」であると発表したとしたコロラド川。人類は石油をめぐって争ってきたが、将来は水をめぐって争うようになる、と予測する人が多い。米南西部の生命線ともいわれるコロラド川の水利用をめぐって、人々が争わなければならない時代が到来するかもしれない。そんな警鐘があちこちで聞かれるようになった昨今、コロラド川を守るために、私たちは想像以上の困難を克服する必要に迫られている。
今月は、来月に続き、コロラド川の現状を見ていきたい。

砂漠に広がる農場。これまた水の確保が生命線。

 

次々と開発されてきた住宅街。人口急増で水の需要はさらに高まるアリゾナ

アリゾナ経済に大きく寄与してきたゴルフ・リゾート産業。
一方、水の確保はいつまで可能か。

アリゾナの北、ペイジの町に行くと、私たちの目に飛び込んで来る湖の背景。これは、巨大な人造湖、レイク・パウエルだ。満々と水を湛え、ボートや釣などを楽しむ観光客。この水は、ロッキー山脈の降雪が溶け、その水をコロラド川は運んできたものだ。はたしてこの川が消滅するとは、どんなことなのだろうか。
コロラド川は、ロッキー山脈から延々と流れ、アリゾナ州とカリフォルニア州の州境を通る。そして、メキシコのバハカリフォルニア州とソノラ州の境界を通過し、カリフォルニア湾に到達している。ところが、近年は、その水が海に流れ込まないまま干上がってしまってというのだ。
その原因は、何か。これは、需要供給の関係による。まず、水の需要。近代の目覚ましい人口増加で水の需要が急速に上昇してきた。それに対し、水の供給はというと、最近の慢性的な干ばつで減少してきている。つまり、供給が需要に追いつかないどころか、じりじりと減少する状況が続いている。これkら更に需要増加が予想されているので、このままでは、川が消滅する、ということになる。
この簡単な原理が簡単な解決に結ばないのが現実の問題だ。複雑な利害のからみと政治のからみが現実をさらに複雑にしているのだ。

著しい人口増加

 

上の表は、コロラド川から水の恩恵を受けている4つの州の人口増加を示している。
コロラド川を下ってグランド・キャニオンを世に知らしめたのは、ジョン・パウエル。その彼がアリゾナに来た頃(1870年代)、アリゾナには、1万人以下の人たちしか住んでいなかった。パウエルが今のアリゾナを予見できていたかは、知る由がないが、恐らく、彼が今のアリゾナを見たら驚嘆するに違いない。ちなみに1870年から2010年までの人口増加率は、アリゾナが687倍。これは驚異的な数である。同時期の人口増加は、カリフォルニアが66倍。コロラドが25倍。ネバダが43倍。つまり、アリゾナは過疎地域から大密集地域へと変貌したのだ。
砂漠のアリゾナにこれだけの人々が住むのだから、当然、水の確保は重要中の重要事項である。アリゾナ州政府の発表によると、現在のアリゾナ州内の水源は、43%が地下水、21%がソルトリバーやヒラリバーなどの河川、そして32%がコロラド川を水源とするCAP(セントラル・アリゾナ・プロジェクト)と呼ばれる用水路システムである。

   

水の争い

 

 

 

 

実は、水をめぐっての争いは、ずっと以前から始まっていた。20世紀初頭にコロラド川の水を必要とする7つの州がその利権の交渉を始めた。アリゾナはもちろん、カルフォルニア、ネバダ、ニューメキシコ、ワイオミング、コロラド、そしてユタの各州は飲料水と農業用水を確保しようと、それぞれの利権を主張していた。1922年にこうした7つの州の代表者が連邦政府の代表者と一堂に会した。そして、そこで出来上がったのがコロラド川盟約と呼ばれる合意であった。それぞれの州が一定の分量の水を使うことを確認し合ったが、アリゾナは主張していた量より少なく、極めて不服の上の合意だったようだ。当時、著しい人口を示していたのは、カリフォルニア州であり、水需要は嫌が上でも急増していた。ネバダ州の代表者などは、「今日の問題は、カリフォルニアである」と公言するほど、コロラド川の水分配に不満を表していた。当時、連邦政府は急速な発展をしている州を優先せざるを得なく、他の州は、優先順位の下にまわされたことに強烈な不満を表明したのだ。

   

 

パーカー・ダムの一騒動

 

 

 

 

カリフォルニア州とアリゾナ州の州境を流れるコロラド川。アリゾナ側の川沿いにパーカーという町があるが、その北部のカリフォルニア側にパーカー・ダムが建設された。時は1934年。ここで一騒動が起こった。
このダム建設が始まったことを聞いたアリゾナのモア州知事が、激怒したのだ。そのダムによって、カリフォルニアに更に多くの水が流れ込んでいくからである。強烈な怒りが頂点に達したモア州知事は、アリゾナ駐屯の国家警備隊を建設現場に派遣し、ダム建設を中止させようとしたのだった。
アリゾナ州政府はすでに1922年のコロラド川契約に不服であった。そこへ、ダム建設のニュースが入った。州知事にとっては、これ以上カリフォルニアが水を確保していくのは、言語道断だと思ったに違いない。12年間の不満が爆発したのだ。間違えれば軍事行動となり、州同士の戦争にもなりかねない。
そこで、連邦政府が急遽入ってきた。そして結局、連邦最高裁判所の判断に従うこととなった。その結果、最高裁判所は、モア州知事の主張を受け入れず、結局アリゾナに軍配は上がらず、パーカー・ダムは、1938年に完成した。

 

 

フーバー・ダムの功罪

フーバー・ダムは、パーカー・ダムより前に完成した巨大なダムだ。大恐慌に襲われていたアメリカで景気回復策としてニューディール政策が打ち出された。ダム建設は、そのニューディールの大事業のひとつだった。工事は1931年に始まり、1936年に完成。フーバー・ダムは、断続的に起こっていたコロラド川の氾濫を治め、安定した灌漑用水の確保と水力発電による電力確保を目的とした。
フーバー・ダムは、これまで人々の頭痛の種だった川の氾濫という魔物を退治した。しかも、強力な水力発電で電力が広大な地域に送られるようになった。壮大な事業のお陰で失業から逃れた人々が、多大な恩恵に預かることとなった。完成後、グランドキャニオンとラスベガスを著しい数の旅行者が往来し、ダムも観光ツアーの一部として、収入増につながるようにもなった。
ところが、予想もすることがなかった悪影響が出てきた。
このダムが作り上げた人造湖がレーク・ミードだ。砂漠のまん中に突然現れたこの巨大な湖に水が満タンに入ると、大きな環境の変化が現れた。まず、コロラド川の水がメキシコのデルタに届かなくなったことだ。これは、ダム完成後6年間同じ状況が続いた。このデルタには、長い間、川の淡水と海の塩水が交わってきた。広大なデルタ地帯には、様々な魚や植物が繁殖し、大変ユニークな生態系ができていた。ところが、川の淡水が来なくなると、デルタの水の塩分が増加し、環境破壊が始まったのだ。
また、川の自然氾濫が起きることで、これまで氾濫に対応して生息してきた動植物が、ダムの完成後、絶滅し始めた。そして、フーバー・ダムより南では、これまで生息していた魚が死滅してしまう。
多大な被害を被ったメキシコは、アメリカに対し、国際水域を汚染したとして抗議を行った。

 

 

CAP(セントラル・アリゾナ・プロジェクト)

1940年代になると、アリゾナはフェニックスやツーソンなど州の中央部や南部の人口増加に対応できる水の確保のため、新たな交渉戦を始めた。そして、1944年にセントラル・アリゾナ・プロジェクトという水路システムの設立を可能とした。しかし、同時にアリゾナに隣接するカリフォルニア州との確執や対立が何回も起こっていた。
1952年、アリゾナは連邦最高裁判所に司法上公正な水の割当を要求した。その後11年にもおよぶ法廷での争いが続いたが、最終的にアリゾナの主張を認めた判決を勝ち取った。この判決がおりた日から、コロラド川の水利権がアリゾナに有利な方向に向かい始めた。
その間、アリゾナ州政府やアリゾナ州選出議員などの活発なロビー活動が功を奏し、1968年にCAPの承認が当時のジョンソン大統領の署名で正式なものとなった。こうして、コロラド川の水は、レーク・ハバスから水路を通って、レーク・プレザントに流れ込み、そしてフェニックスとツーソンの都市へ流入することになった。
さて、こうした果てしない努力を費やして水の確保を可能としてきた私たちだった。その前提には、コロラド川には十分な水が存在するという条件が存在していた。ところが、その前提がくずれ始めたのだ。

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