トップ競泳選手を育成、フェニックス・スイム・クラブ(2)

学生時代に競泳で輝かしい実績を示したチャールス・キーティング。投資業界でもトップを目指す実業家となっていた。その彼がアリゾナに来て手がけた不動産関係のプロジェクトは、すべて一流でなければならなかった。その彼が築いたリゾート・ホテルがザ・フェニシアンだ。
今月は、そのザ・フェニシアンを訪れてみた。

マザー・オブ・パール (Courtsey of The Phoenician)

キーティングとザ・フェニシアン

 

キーティングのビジョンは壮大だった。ヨーロッパ風のエレガンスと繊細さを備えた超一流リゾート・ホテルをソノラ砂漠に現出させようとしたのだ。1985年、キャメルバック山の麓で景勝の地を選んだキーティングは、早速この土地を買収した。250エーカー(約30万坪)もの広大な敷地に客室600部屋の本格的リゾートを建設するためだった。
とにかく、このホテルは、すべてが一流でなければならなかった。ロビーの白大理石は、イタリアのカッラーラから取り寄せた。カッラーラは、古来より大理石の生産地として有名で、カッラーラ・ペアンコと呼ばれる白大理石は特によく知られている。
ホテルのホールウェイの天井には、24キャラットの金が埋め込まれ、フロアには世界でも稀なスタインウェイのピアノが 11台備え付けられた。さらに、砂漠の山を背景に、敷地内には熱帯のオアシスを作り上げ、なんと、南太平洋のトンガ王国から作業員を引き寄せて、その建設工事に当たらせた。
また、プールも凝りに凝った設計だった。いわゆるマザー・オブ・パールと呼ばれるプールだ。マザー・オブ・パールとは、真珠母の意で、貝類などの軟体動物が外套膜から分泌する炭酸カルシウム主成分の光沢物質。これは、建築物に装飾としてよく使われている。キーティングは、イタリアからわざわざ高質の真珠母タイルを取り寄せた。このタイルだけで100万ドルを費やし、そのタイルをプールの底に丁寧に敷いたのだ。ザ・フェニシアンのこのプールは、アリゾナで最も贅沢なプールとなった。
こうして、1988年10月にザ・フェニシアンはオープンの運びとなった。
 
フェニックス・スイム・クラブ
キーティングの展望は、それだけで終わらなかった。競泳への情熱をスイム・クラブ建設に注ぎ込んだのだ。こうしてフェニックス・スイム・クラブは、ザ・フェニシアンの一部として出発することになる。
(Courtsey of The Phoenician)